かたちは、日々の営みから
糸花生活研究所
藤原真子 織・彫り絵
都内の閑静な住宅街の中に、手描きの黒板がイーゼルに立てかけられた家があります。
「糸花生活研究所」
木工作家の藤原洋人さんと染織作家の藤原真子さん夫妻の工房兼住まい。
玄関に向かうと、印象的な手製の木の看板も掲げられてありました。
そこには、「NYSTA O GNOLA(ニスタオグノラ)」と「Frukt o Frön(フルクトフラン)」
というスウェーデン語が綴られています。
「糸巻きとハミング」という意味の「NYSTA O GNOLA」は、手芸道具の制作と手仕事の教室を開く活動の名前。
そして「Frukt o Frön」は、「実と種」を意味して、食器やインテリア小物など暮らしの道具の謂わば工房内のブランド名です。
いずれにも、ふたりの活動への想いや願いが込められています。
それぞれ別の場で美術を学んだふたり。
出会ってから、「糸花生活研究所」を運営するまでには、いくつものストーリーがありました。
真子さんは染織を専攻していましたが、課題に追われることが多く、いつも違和感を抱えていたといいます。大学4年生の時に訪ねた北欧で、暮らしとものづくりがとても近いことを感じ取り、卒業後はスウェーデンの工藝を学ぶ場で1年を過ごすことになりました。
ものづくりを学ぶことと、四季の中で生きること。
それは切り離されたものではなく、暮らしがあって、ものづくりが豊かになるということを、肌で感じた時間となりました。
そして、スウェーデン滞在中に通いつめた古本屋や博物館で見た小さな織物に惹かれたことが、その後に手掛けることになった小さな織物づくりにつながっていきました。
一方、洋人さんは、学部では金属を専攻としながら、大学院は木工を学ぶことを選びました。
アートとしての木工にも取り組み、見識を広め、技術を高めながら、自らの進むべき制作を模索する時間を過ごします。
真子さんとの出会いは、制作が工房で行われるだけのものではなく、日々の暮らしの中から生まれるものだという気づきにつながっていきました。
必要に応じて物を作る。
今まで吸収してきた感覚や技術を生かした職人的なものづくりも手掛けるようになりました。
真子さんが布を織る機も、洋人さんの手製、作品なのだと聞いて驚きました。
書物を紐解き、独学で制作した木の機。
真子さんの使い心地を聞きながら改修を続けるものづくりは、「糸花生活研究所」の原点に灯るようです。
「暮らしの風景をつくりだす」
それが、ふたりが目指すものづくりのあり方。
そのためにも、自分たちが暮らしを大切に、楽しみながら、制作をしていきたいと願います。
幼い子ども2人を持つ4人暮らしの日々の中、洋人さんの木工房は住まいの中の1室。
幾つかの木工機械を入れて、ものづくりに励みます。
真子さんが開く織物教室は、1階のリビングルーム。
織物、木の器、そして木で作られた織物道具というふたりの作品が空間を彩ります。
それはまさに「暮らしの中の風景」となっています。
「今、アイデアがたくさんあるんです」という洋人さん。
「手しごとと暮らしが響き合った場を作っていきたい」とは、真子さん。
「花が咲くように、ふわっと見える器、伸びた葉のようにすっとしたカトラリーが作れるといいね」
という想いで作られた作品には、そんなふたりの希望が現れています。
先人の知恵や技術を敬いながらも、生み出すかたちは、今を生きる自分たちの想いから。
家具や器、服飾やインテリアと、前もって制作ジャンルを決めず、日々の暮らしの中から作りだしたいかたちを生み出していく。
「糸花生活研究所」が漕ぐものづくりの航海は、ふたりの握る舵のままに進んでいきます。
糸花生活研究所
藤原洋人
1982年 東京都に生まれる。
東京芸術大学美術学部工芸科鍛金専攻卒業。
東京芸術大学大学院美術研究科木工芸専攻修了。
藤原真子
1982年 大阪府に生まれる。
多摩美術大学生産デザイン学科テキスタイルデザイン専攻卒業。
スウェーデンCapellagardenテキスタイル科留学。
2011年 共に「nysta o gnola 糸花生活研究所」設立。
アトリエショップ「fågelbo」開店。
「frukt o frön 暮らしの道具」の制作をはじめる。
文・写真:稲垣早苗