営みと工藝
松島周平 ・ 猪又裕也

「工房からの風」の出展作家の多くは、ものづくりを専業としています。
そのような中で、ものづくりの他に生業の軸を持ち、そのふたつを両輪としてよりよい仕事を生み出そうとしている人たちがいます。
営みと工藝
と題して、ふたりの作家にお尋ねいたしました。
愛知県豊田市で木工作品を制作する松島周平さんと、岩手県雫石町でホームスパンを制作する猪又裕也さんです。

松島周平

first-hand/ヒトトキ/hibi
木工/カフェ/B&B

Q松島周平さんの制作されているもの、その特徴、想いを教えてください。
A日々の営みから生まれる家具。
どんな料理も受け止めてくれる、軽く手に馴染む、使うほどに味わいを増す、普段使いの木のうつわを制作しています。

 
Q松島さんが、制作と両輪となって進めている活動について教えてください。
A自分たちの家具や器を実際につかってもらう場所として、2015年に『家具とくらし+カフェ ヒトトキ -人と木-』を。
2021年に泊まれる家具屋をコンセプトにB&B(朝食付きゲストハウス) 『hibi』を始めました。

Q3つの活動の響き合っているところを教えてください。

A家具工房を夫婦で始めるにあたり、「やさしさ」と「家族」をテーマにしました。
衣食住を考えたとき、その中で自分たちが担えることはなんだろう。
私たちは家具を作ることが目的ではなく、毎日の生活をいかに楽しむか、日々の何気ないひとときも大切にすごせるか。
暮らしの中で実践していきながら自分たちの暮らしをみてもらい、「やさしい生活」を提案していきたい。
その中に家具作りがあり、カフェがあり宿があります。
もちろんまだまだ未熟な私たちですが、自分たちと関りのできた方々と共に、考え実践し、自身の成長に繋げていきたいと考えています。

Q松島さんが考えている今後の展望についてお聞かせください。

A使うことに慣れないゆえに敷居が高いと思われがちな木の器を、もっと気軽に、毎日の暮らしに取り入れていただきたいと考えています。

また家具用材としては使われにくい小径木や、節や割れがある材料でも、挽いてみると独特の美しい模様が現れたり、思いがけない表情が生まれることがあります。
現在、豊田市の7割は森林です。
森林組合や豊田市とも連携を取りながら、地域材の活用、山間部の産業の一つでもあった林業や木地の仕事を、自身のものづくりを通じて広く知ってもらい、地域材の価値を高めていくような活動も併せて始めています。

お皿や器などの製作に関しては、人材の育成も視野に入れています。
そのために、幅広い販路と商品数の確保出来るような体制を模索しています。

また新たに、針葉樹の活用として、地域材集成材を利用した組立式の家具などの開発を始めたいと考えています。
現在の森林環境問題を、自身のクリエイティブな活動を通して解決の糸口にし、ゆくゆくはこの山間部地域の子どもたちに仕事のひとつとして残していければと考えています。

家族の幸せが他者に広がり、次世代へとつながっていく 木工を通して出会った周平さんと知美さん。
結婚し、家族が増えて暮らしを立てていく中、暮らしそのものが仕事と結びつくことが、自分たちの求めてきた生き方だったと気づきます。
毎日の食が大事だということ。
笑顔で暮らすこと。
家族という小さな単位がまず幸福であることから、仕事を成り立たせていこう。
それが、日常の家具や器であり、憩いの場となるカフェであり、宿泊の場となっていきました。
この活動は自分たち家族の幸せでありながら、他者や次世代へと広がり、つながっていくことも心に描きます。
働きたくなる場所、住みたくなる場所。
自分たちの充実の日々が、誰かのそのような場所になっていくことを願って、営みは続きます。

松島周平

1976年 愛知県名古屋市に生まれる。
幼少の頃から自身の体質に悩み、食の大切さを知る。
大学卒業後、見聞を広げるため世界各地を巡る旅へ。
北海道にて木工と出会い、2006年家具工房「first-hand」をスタート。
2年後、妻の知美が参画し、新たに『やさしさ』と『家族』をテーマにしたものづくりを始める。
長男の誕生を機に2010年豊田市山間部に移住。

画像提供:松島周平
文:松島周平/稲垣早苗

猪又裕也

旅する羊
ホームスパン/雫石観光

Q猪又さんが制作されているもの、その特徴、想いを教えてください。

A手紡ぎ手織りの毛織物・ホームスパンを、マフラーを中心に制作しています。
ホームスパンは、明治期にイギリスから伝わり、戦時中にウールの自国生産の為、政府の奨励で日本全国で羊の飼養と共に生産が盛んとなったものの、その後の経済成長の時流の中で各地から姿を消し、今では岩手県のみが唯一の産地となっています。

手しごとの技は、継がれなければ忘れ去られてしまいます。
制作への想いは、昔からの文化を継承したいという思いが一つ。
また、SDGsなど環境問題への意識の高まりや、ここ数年の様々な世界情勢の不安定さから感じることは、ホームスパンの価値の再認識です。

足踏み式の紡毛機で糸を紡ぎ、手織り機で製織されるその工程は、照明やアイロンなどを除けば、必要なエネルギーは作り手の思いだけです。
羊と道具と技術さえあれば、仮に明日世界の流通が停止しても、衣料が手に入らないことは避けられます。
すぐさまそうはならないとは思いますが、子の代孫の代で何があるかは想像もつきません。
そんな混沌とした未来にならないことと、この技術・文化が受け継がれて明日の誰かを温め続けることを祈って、制作しています。

Q猪又さんが、制作と両輪となって進めている活動について教えてください。
A旅行業者として、ホームスパンをはじめとした地域文化の体験ツアーなどの企画・販売・実施を行います。(岩手県知事登録旅行業 地域限定-252号)
 
Qふたつの活動の響き合っているところを教えてください。
A制作者としては、工藝でありつつもコーディネートとして手にしたくなる織物を作ること。

旅行業者としては、品物を手にするだけでは知り得ない、ホームスパンの背景にあるストーリーを体験していただくこと。
ホームスパンに触れる入口を増やすことで、より多くの方に、より深くホームスパンを好きになっていただき、次代に繋ぐことが、目標とする共鳴の形です。

Q猪又さんが抱く今後の展望についてお聞かせください。

Aホームスパンを知っていただく活動として、軸となる地元岩手でのホームスパン販売イベント「Meets the Homespun」(隔年開催)、ふるさと納税のほか、取り扱い店舗をベースにクラフトフェアなどへの出展もしていきたいと思います。
旅行業での体験ツアーの提供や、販売・体験両面の海外への展開を思いつつ、夢は羊を飼い、窓から羊の見える自店舗を開業することです。

必要なエネルギーは作り手の思いだけ 旅する羊
このフレーズを初めて目にしたとき、心がふわーと広がるような想いがしました。
自ら制作するホームスパンと、移り住んだ地の魅力を伝える仕事に名付けたものだと知って、
なんてまっすぐなネーミングだろうと感じ入ったのです。

服飾関係の仕事を経て、ホームスパンに魅せられた猪又裕也さん。
制作に打ち込みながら、作品作りとともに、その魅力を伝える、分かち合える方法を編み出そうと励みます。
その行為そのものが日々の営みであり、とてもクリエイティブなこと。

旅する羊の名のもとに、制作を柱としたさまざまな営みが有機的に重なり合って進んでいく。
猪又さんならではの活動が、まさに布のように織りあがっていくことを「工房からの風」でも感じていただきたいと思います。

猪又裕也

1984年 千葉県船橋市に生まれる。
小学校から高校まで野球一筋も、進学した習志野市立習志野高等学校で結果を残せず。
ものづくりが好きだった事と、スタイリストに興味があったため、杉野服飾大学へ入学。
卒業後4年間、ミセスファッションの企画・バイヤー業務に携わる。
2017年 盛岡の中村工房と出会い、ホームスパンの体温の様な優しい温かさと、この手しごとを今もなお生業としている人たちがいることに衝撃を受け、自らも生業とすることを決意する。
2018年 岩手県雫石町へ移住し、地域おこし協力隊として観光に携わる。
中村工房へ通い、ホームスパンを一から教わる。
2020年 「旅する羊」を開業。ホームスパン制作・販売と、岩手県へ旅行業登録を行う。

画像提供:猪又裕也
文:猪又裕也/稲垣早苗